INDIA 18-1. Feb. 2004
刺すような冷たい風で目が醒めた。既に明るい車内には、開け放たれた窓やドアからの風がビュンビュンと吹き込んでいる。下のベッドは既にただのシートになっていて、通勤電車のような混雑振りだ。しかし、ここ最上段では下界の混雑も関係なく、寝そべったままのんびりと車内の様子を観察出来るのだ。しかし寒い。さすがのインドも2月ともなれば、夜や朝はめっきり冷え込む。寝ぼけ眼で、外の流れる景色をしばらく楽しんだ。まだ眠いが気分は悪くない。何となく周りがざわつきはじめ、駅が近いと知らせてくれる。慌てて寝袋をたたんだ。 9:15、ジョドプール着。降りたとたんホームが掘り起こされている。ホームに一歩足を降ろしただけでわかる、この雑な感じがたまらない。この辺りでは随一の大きな街だけあって、工事中でもホームは人で溢れている。活気に押し出されるように外へ出た。 迷う事なく外人用の予約窓口へ。一度大通りへ出て右へ徒歩3分。アンディのお陰でスムースにチケットゲット!3日後の最終目的地ジャイサルメール行きだ。 さぁ、ここからが問題だ。実は特別編集カイドブックのジャイプル〜ジョドプル〜ジャイサルメール編を無くしてしまったのだ。たぶんアジャイ&ぐずろくとの田舎ツアーのどこかで。よりによって一番肝心な部分を無くすとは・・・。しかし、これで念願のガイドブックなしの男の旅が出来ようと言うものだ。あくまでも、全ての出来事をボジティブにねじ伏せて前に進むのだ。 とは言え、ホテルはおろか駅と街の位置関係すら分からない。駅に戻りたむろするリキシャをひろう。絶対誰かに似てるはずだが、それが誰だか思い出せないナイスガイ面の男のリキシャに決め「安いホテルを頼む!」と、一言。「あいよっ!」っな感じで、さあジョドプールの旅スタートだ。 頼もしく走り出した割には、990Rsや850Rsなどとアホな値段の高級ホテルばかり回り、一向に希望の物件に当たらない。やや焦りながら通りの先に目をやると、そこには素晴らしい物件が。岩山を丸ごとお城にしちゃいました的なド級のスケールが微笑ましい、メラヘンガル城塞がズドォ〜ンとそびえているではないか。あれだよ、あれ。誰か似のナイスガイに、そびえる城を指した。遠く霞んでそびえるその城は、憧れのメラヘンガル城塞。マハラジャ王の富と力の象徴だ。あそこまで行けば何とかなる。そんな根拠の無い期待を存分に抱かせるに足る、充分なオーラを街全体に放射しているのだ。なんつったって、岩山丸ごと城にしちゃうんだからさ、なんだそのセンス! 大通りを城に向け、乾いた風を切りながら一直線。霞がかった城が、徐々にその全貌を現すと共に、辺りは俄然活気付いて来た。街のシンボルであろう時計台をくぐり、活気を通り越した御馴染みの混沌へ突っ込んで行くのだ。ただの混沌ではない中世のような街並。タイブスリップしたみたいだ。あの時計台って、まさか?勝手な妄想を楽しみ、期待した以上の景色に放心しながらも、目に付いたゲストハウスの前で止めてもらう。そうか、ホテルじゃなくてゲストハウスと言えば良かったのかと、完全なる安堵の中で一応反省し、宿の階段を昇った。 SUNRISE GUESTHOUSE。小綺麗で可愛い宿だ。部屋は充分広く、ベッドも清潔そうだ。トイレとシャワーは共同。一応お湯も出るそうだ。オーナーの男も感じが良く文句の無い宿だ。肝心の値段は200Rs。少しディスカウントしてくれた。窓からは見上げれば城が、見下ろせば雑多な街並が見える。屋上に出れば更に完璧なロケーションだ。何もかもが出来すぎたいい物件。表に戻り、誰か似の男に金を払う。すると「城見物はどうだ」と、男。気分が高揚していたのか、躊躇無くOKしてしまった。「ただし、少し休みたいから13:00にまた来て。」などと、もうガイドブックなしでリキシャも自在に扱える旅慣れた男を気取って一旦別れた。 なんかパステルな色の部屋は、壁に可愛らしい絵が直接描かれている。日本のようにすぐにファンシーにはならないさじ加減が、絶妙だ。「日本はファンシーとヤンキーで席巻されている」とは、今は亡きナンシー関の名言だ。改めて見回せば、安宿のくせに随分と洒落た造りだ。妙な清潔感は、部屋の色や窓からの光によるものだろうか。取り合えず寝よう。やっぱり寝不足だ。 先ほどのオーナーの名は、プルカシュ。なんとなく、アントニオ・バンデラスを彷彿とさせる、頼れる男前。この街は誰かに似たヤツで溢れているのだろうか?そんな彼からアドバイスが。城へは歩いてもいけるんだぞと。リキシャにガイドを頼んだのは、どうやら早合点だったようだ。あまり回らないで、サッサと帰って来なさいと。ムダな金を取られない為にもねと、優しいのだ。とは言え、さっきのリキシャマンも中々の男前だし、味もある。難点は誰に似てるか思い出せなくて、イライラさせられてしまうトコだろうか。13:00、ベランダから下を覗くと、おれを見つけ嫌みの無いウィンクをよこす憎めない男だ。 雑多な街を抜けると、乾いた大地がむき出しのドデカい景色が。迷路のような街中の雑多な感じはもう全く無い。全てを取っ払いました、ヘヘヘッと言わんばかりの剥き出しだ。何処を目指しているのかも分からず、その景色の中の点になってしまった自分を楽しむ。なんてちっぽけなわたくしでありましょうか。 何やら寺院のような場所に到着。入場料を素直に払い、中へ。誰か似さんは、門の外で待機だ。しかし、こんな遺跡巡りの旅をするはずでは無かったのだが・・・。流れとは恐ろしい。バンデラスの言う通りさっと見て、とっととアノ男と縁を切ろう。そんな決意を秘め、しっぽのやたら長い変わった猿の軍団が我がもの顔でたむろする道を歩く。ん、猿の軍団?懐かしいじゃないか。「猿の惑星」を明らかに真似た昔の日本制ドラマ。30年も昔の話。あまのじゃくなオレは裏でやっていた「宇宙戦艦ヤマト」を見ないで、猿真似ドラマを見ていたのだ。日曜夜の不気味な感触だけを覚えている。広島で生まれたおれは、幼少の頃から刷り込まれた親や先生の被爆体験のリアルな話(目玉や耳から、うじ虫が湧くと言うたぐいの)や、我が日本が誇る極上恐怖のテーマパーク原爆資料館の写真や人形、教室で見るドキュメンタリー映画、あらゆるメディアミックス大作戦のお陰で、戦争を想起させる全てから逃げたいと思っていたのだ。そんな、まだチ○コに毛も生えてない小学生のおれが、最も気分の沈む日曜の夜に、戦艦なんかが出てくるアニメを楽しめるはずもなかったのだ。そして後味の悪い猿の夢を見て、死刑囚のような諦めとともに、嫌な月曜の朝を受け入れていたのだ。 しかし、その恐怖の原爆教育は、生々しい体験を語り継ぐのとは別の顔も持っていた。日本人が悪い事をしてアメリカ様に成敗されたのだという確信的な刷り込みをも行っていたのだ。「日本は、アメリカに戦争をしかけたのが良くなかったです。」などと、呑気な作文をみんなの前で読み、大いに誉められたのは、今になって思えば、そんな刷り込みの賜物だったのだろう。図画工作以外、全く能無しの阿呆なおれだったからこそ、みんなの前で先生に誉められた数少ない記憶は忘れがたいのだ。今は、イラクやアフガンなどの「悪」だった国の教室で、そんな正しい作文が新しい先生に誉められているのだろうか。なにも変わらないね。 遠くからにぎやかな音楽が聞こえてきた。どんどんその軍団は近づく。結婚のお祝いパレードのようだ。サリーの女性達が、ヒラヒラ踊りながらやって来た。写真を撮ろうと「ラーム、ラーム!」の挨拶とともに近づく。すると、やたらハイな若者達にお祝いの踊りを見せてくれとせがまれた。フフッ、おれはもう生まれ変わったのだよ、御安い御用なのだよ。ラッパや太鼓が盛り上げる輪の中へ勢い良く躍り出たのだ。そう、本当にタコ踊りをクルクル踊りながら、本当に踊り出たのだ。何も躊躇しないで踊り出た自分を讃えるように、しばらく回り続けたのだ。目を回しながら、あらためて新郎新婦に「おめでとう!」と言い、大喝采を浴びるのだ。 インド恐るべし、いつ何時コントのようにお祝い軍団がやって来るかわからん。しかし用意はいいぜ。歌も踊りもオレに任せろ!ジャイプルでの公園の集まりで歌えなかった事が相当に悔やまれる。だからそんな思いはもうごめんだ。今思えば、吉幾三でも八代亜紀でもなんでも歌えばよかったのだ。彼らはなんでも喜んでくれるんだから。 踊り一つで人気急上昇か。何故かインドの若者に腕や肩を組まれながら歩く。何だこのカタチ。悪い気はしないが、少し困るね。小綺麗な身なりの学生風。この階級の連中とこうなるのは珍しい。しっかしなんと言う屈託の無さで笑うんだろうね、この連中は。日本のコインやボールペンをせがまれた。穴の空いた50円や5円玉があればよかったのだが、あいにく日本の硬貨はホテルの荷物の中だ。あればきっと屈託無く驚く顔が見れたに違いない。 やたら凝った造りのややこしい仏塔のようなものが現れた。遺跡見物なんて、と思っていたが本物の迫力はなかなかだ。せっかくだから素直に見物しよう。名前も由来も分からないけどね。 結局たっぷりと満喫し、猿に別れを告げ門まで戻って来た。誰か似のナイスガイは、待ちくたびれた様子も無く、笑顔で迎えてくれる。きっと最高にいい客なんだろうな、オレ。 さぁ、次は何処へ連れて行ってくれるんだ?
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